Meanwhile in Africa...

アフリカで今起こっていることを日本の皆様に正しくお伝えするため、海外大手ニュースサイトの記事を日本語で要約して発信します。

新ウェブサイト開設と既存ブログ統廃合について

長らく更新が滞っておりましたが、このブログも含めて既存の媒体を整理し、新しいウェブサイトに一本化することを考えています。

 

新ウェブサイトは

http://afri-cats.com です。

 

このはてなブログ上の過去記事の扱いは今後検討していきますが、今後は上記新サイトに一本化し、はてなブログは更新されない見込みです。

 

今まで訪問頂いたみなさま、ありがとうございました。

 

もしご関心がありましたら、上記新サイトにもお立ち寄り頂けると幸いです。

 

 

 

2017年4月 SJ

 

 

お知らせ:ノートでの難民マガジン執筆開始

長く更新が止まっていましたが、その間も訪れてくれた方々が絶えずいたようで、とてもうれしく思います。

 

さて、著者はこの度、3年と少し所属したNGOを離れ、今後はフリーランスとして活動していくことになりました。

向こう数年のメイン業務は既に決まっており、今はまだ見ぬルワンダでの人材育成事業に携わることになっています。

その一方で、今まで趣味の一環で複数のブログに散発的に書いてきたようなことを、今後は本格的に発信していけたらと思っています。

 

まだ試行錯誤の途中ではありますが、このブログはもともと「アフリカに関するニュースを日本語で発信する」ためのものであったので、今後はそういった目的で使うことにして、筆者個人の考え、特にアフリカの枠を超える話題は、別の場所で発信していこうと思います。

ということで、まずは難民の話を定期的に発信していこうと思い、noteで「もっと難民の話をしよう」というマガジンを作ってみました。

 

一つ目の記事として、ソマリア難民の現状や日本政府の難民政策について書きました。

 

今後も難民にまつわる記事をこのマガジンを通して継続的に投稿していこうと思いますので、ご関心のある方は覗いてみてもらえればうれしいです。

 

以上、まずはお知らせまで。

 

SJ

世界難民の日に寄せて -難民とは何者か-

6月20日は世界難民の日です。

 

世界では、家を追われ難民・国内避難民となった人の数が2015年末までに6000万人に達したとされています。

そしてその数は今日も増え続けています。

 

私はイラク北部で、南スーダンで、そしてケニアにある世界最大の難民キャンプで、そうした人々を直接目にしてきました。

 

難民という言葉を聞いて皆さんは何を思い浮かべますか。

地中海を渡る満杯の船でしょうか。

ありあわせの布で作ったぼろぼろのテントでしょうか。

浜辺に打ち上げられた幼児の死体でしょうか。

たぶんどれも難民にまつわる真実です。

正確に言えば、難民にまつわる真実の一側面です。

 

難民キャンプは部外者が観光気分で気軽に訪れられる場所ではありません。

難民危機が叫ばれるようになったことで、難民キャンプがメディアで取り上げられることも増え、テレビ等でキャンプの様子を見られる機会は増えました。

でも報道は難民キャンプの限られた側面しか映し出していないでしょう。

 

各地の難民・避難民キャンプを訪れる中で、私は色々な現実を目にしました。

キャンプには経済があり、政治があり、生があり、死があり、あらゆる感情があります。

それはある特定の面で制約を受け、切り取られてはいるものの、何の変哲もない人間社会です。

そこで暮らす難民とは何者でしょうか。

 

閉鎖の危機に立たされている世界最大の難民キャンプ、ケニアのダダーブ難民キャンプでは、世界難民の日に合わせてイベントが開催されます。

今年のイベントのキャッチコピーに、その答えが凝縮されています。

キャッチコピーはこうです。

”Getting to know refugees - people like you and me”

(「難民とは、あなたや私と同じ人々」)

 

難民支援を担う国連機関UNHCRも、世界難民の日に先立ってキャンペーンを開始しました。

#WithRefugeesと銘打たれた署名活動には、多くの著名人が参加しています。

以下はこのキャンペーンに参加しているある作家の言葉です。

(引用元記事:http://www.unhcr.org/news/latest/2016/6/57625e2e4/stars-ask-you-to-stand-withrefugees.html

 

“Refugees are mothers, fathers, sisters, brothers, children, with the same hopes and ambitions as us; except that a twist of fate has bound their lives to a global refugee crisis on an unprecedented scale.”

(「難民とは、何の変哲もない母であり、父であり、姉妹であり、兄弟であり、子である。私たち自身と全く同じ希望や野心を持った人々である。彼らが私たちと違うのは、運命のねじれによって、前代未聞の難民危機に取り込まれてしまったという一点においてのみである。」)

 

私は難民に関しては人より多くを見てきたし、多くを知っていると自負していますが、世界難民の日に私が声を大にして伝えたいのは、ただこの一点です。

 難民とは、我々と何ら変わりない普通の地球市民なのです。

運悪く紛争や自然災害で故郷を追われただけの、何の変哲もない市民なのです。

 

ですから、本来、難民を支援するのに理由などいらないはずです。

難民とは可哀想な弱者ではなく、ただ一時的な(或いは、一時的であるはずの)不運によって、本来持っている権利を奪われている人々です。

その権利の回復を図るのは当然のことであり、そのまま放っておいていいはずがないのです。

「難民危機」と言うと、ある特殊な集団が遠い海の向こうで問題を作り出しているような誤った印象を受けますが、難民とは我々と同じ普通の人々であり、危機とはそうした人々の権利の剥奪という不正義に他ならないのです。

 

世界難民の日である今日この日、一人でも多くの人が「私たちと同じ存在」としての難民について、思いを巡らせてみてくれればと願います。

 

 

難民キャンプ閉鎖騒動のその後 -ダダーブとソマリア、それぞれの実情-

前回の記事で紹介したケニアのダダーブ難民キャンプ閉鎖騒動について、続報と補足情報を書き留めておこうと思います。

 

ケニア政府高官による閉鎖発表は5月6日金曜の夕刻でした。

その後、週明けから国連難民高等弁務官事務所UNHCR)、ケニアで活動する11のNGO、ソマリア政府、アメリカ国務長官などがケニア政府に再考を促す声明を発表し、5月18日には国連事務総長自らケニア大統領と電話会談を行う事態となりました。

5月23日、トルコで開催された世界人道サミットにおいて、ケニアを代表して出席した副大統領は、閉鎖の決定は覆されることはないとし、難民が帰還すべきソマリアへの復興支援を国際社会に呼びかけました。ただし、閉鎖に向けた具体的な期限や方策は未だ発表されていません。

 

ソマリアはいわゆる破綻国家で、北部ソマリランドは独立を宣言、中部プントランドは事実上の自治状態にあります。南部はソマリア軍と多国籍軍の支援を受けたソマリア政府が統制を拡大しようとしてはいますが、アル・シャバーブのテロ攻撃は絶えず、今年1月には駐留するケニア軍部隊が襲撃を受け、交戦でケニア兵200名が死亡したと言われています。ケニア政府はこの事件について情報公開を規制し、公式の死者数や襲撃の経緯は伏せられたままです。

 

ダダーブ難民キャンプに暮らす約35万人の難民のうち、95%がソマリア難民ですから、キャンプの閉鎖を実現するには、約33万人ほどのソマリア人が新たな居場所を見つけなくてはなりません。

 

難民がキャンプを去る方法は基本的に三通りです。すなわち、母国への帰還、第三国(主に欧米)への再定住、あるいはキャンプ所在国への統合です。

このうち再定住は、各国の受け入れ枠を合わせても年間数千といったところで、33万人のソマリア難民を受け入れられるものでは到底ありません。

多民族国家ケニアは、ソマリア国境寄りの地域にソマリ系の国民を抱えており、ソマリ系住民が増えて政治に影響することを嫌い、ソマリア難民の統合を拒んでいると言われます。ケニア政府は難民に移動の自由も就労の自由も与えていないので、多くの難民はキャンプ内で国連NGOの援助に頼って生きていくほかありません。

 

騒動の動向を追う中で多くの記事を読みましたが、新しい視点を提示してくれたのはエコノミスト誌のこの記事でした。

From here to eternity | The Economist

この記事の筆者は以下のように言います。

 ダダーブに来ればほどなく、飛び交う援助業界用語に気付く。NGO職員との会話や、支援団体の作るポスターやTシャツに散りばめられているだけでなく、若い難民たちもそうした用語を使うのだ。なぜならば、ダダーブでは、権利や抑圧にまつわる言葉を使って交渉することが、難民たちが目的を達成するのに一番手っ取り早い方法だからだ。世界一大きい難民の集積場所であるダダーブでは、息苦しいほどの官僚主義がはびこっている。

(中略)

難民の生活は、キャンプを維持しようとする援助機関とキャンプを閉鎖しようとするケニア政府という存在を通して外側から形作られている。

 

多くの援助団体が集まる難民キャンプでの支援は、援助団体間での調整や行政機関との調整なくしては行えないので、官僚的という指摘はもっともです。

元々人口まばらな土漠に突如形成された巨大な難民キャンプは、周辺住民や行政、地元政治家にとっては経済的ないし政治的な利益を及ぼしうる存在であり、援助事業をとりまく地元関係者の利権争いは熾烈です。

難民キャンプでは、純粋な善意のみによって難民に手を差し伸べることなどできないのです。

 

有名な人権系NGOヒューマンライツ・ウォッチも、ケニア政府のキャンプ閉鎖決定に反発しています。

NGOの下記記事から、ソマリアへの帰還がいかに危険なものであるかについての描写を抜粋してここに書き留めておきます。

Nothing to Go Back to – From Kenya’s Vast Refugee Camp | Human Rights Watch

 ソマリア国内には110万人の国内避難民がいるとされています。

首都モガディシオには、約35万人の国内避難民が暮らす間に合わせのキャンプがあります。ダダーブ難民キャンプからソマリアへ帰還した人々の中にも、結局この劣悪な避難民キャンプに入るしかなかった人が多くいます。ここでは、強制退去を命じられることもあるし、女性や女児には性暴力の重大な脅威があります。

帰還の道中そのものも危険に満ちています。

(中略)

15歳の弟とともにソマリアへ帰還した20歳の青年は、道中の検問所で連れ出され、アル・シャバーブの訓練所に送り込まれたといいます。幸運なことに彼らは逃亡に成功しましたが。

 

 110万人の国内避難民がいるソマリアが帰還に適した国だとは考えにくく、実際、ダダーブからソマリアに帰還したものの、ソマリアで安全に暮らすことが出来ずダダーブに戻って来る人もいると聞きます。

 

難民が帰還して暮らしていけるようにするためには、ソマリアのインフラ整備、医療や教育サービスの整備が求められますが、そうした復興事業を行うためにも、まずは治安の回復と、司法や警察機能を含む政府の統制の確保が必要です。

それがどのくらい困難なものであるかは、世界で泥沼化する「テロとの戦い」の現状を見れば自明のはずです。

 

世界がソマリアにいくら支援を注いだとしても、ケニア政府の求める性急なキャンプ閉鎖は、国際法に許容される形で実現できるものではありません。

筆者は今後も、ダダーブ難民キャンプでの支援に携わる者として、この騒動の動向を注視していきます。

 

世界最大の難民キャンプの閉鎖 -報道されない難民の声、その帰結-

昨年の世界難民の日の更新を最後に、一年近く更新が滞っていました。

著者は今、ケニアで難民支援事業に携わっています。

 

今回は、著者の本業ど真ん中のこちらの記事について、補足情報をお届けできればと思います。

ケニア、難民キャンプの閉鎖発表 60万人が居場所失う (CNN.co.jp) - Yahoo!ニュース

 

欧州難民危機がメディアを席巻し、中東や北アフリカから命を賭して海を渡る難民の写真や映像が世界の関心をさらった昨年。

今年に入っても、「難民」はメディアを賑わすキーワードの一つであり続けているようです。

そうでなければ、ケニアのダダーブ難民キャンプが日本でYahoo!ニュースのトップページに躍り出ることなどなかったでしょう。

 

記事の通り、ケニアには現在60万人弱の難民・亡命申請者が暮らしています。

このうち35万人弱は、ソマリアとの国境寄りに位置するダダーブ難民キャンプに暮らしています。

ダダーブ難民キャンプは実際には5つのキャンプの集合体ですが、これは世界最大の難民キャンプであるとされています。

このキャンプの人口の約95%はソマリア難民です。1991年のキャンプ開設以来、内戦や干ばつを逃れて難民が流入を続け、今年で四半世紀が経ちます。

UNHCR国連難民高等弁務官事務所)の統計によると、キャンプ人口はソマリアで大干ばつが起こった時期に45万人程まで膨れ上がりましたが、現在は35万人を切り、国連機関主導のソマリア帰還支援が軌道に乗ってきたこともあり、人口は僅かずつながら減少傾向にあります。

 

今回ケニア政府によって閉鎖計画が発表されたダダーブ難民キャンプとカクマ難民キャンプでは、UNHCR主導の元、多くの支援団体が難民への支援活動を行っています。

報道内容には含まれていませんが、難民支援にかかる莫大な資金を、UNHCRや他の国連機関・NGOを通して、国際社会は既に負担しているということです。

この点で今回の報道は一面的であり、その情報不足ゆえかコメント欄は国連や援助機関への批判で溢れています。これについては個人的に意見がありますが、この記事ではそれには触れず、CNNの元記事には記載されていたのに翻訳後のYahoo!記事では割愛された、ある難民の声をお届けしたいと思います。

引用元のCNN記事はこちら:

Kenya closing all refugee camps, displacing 600,000 - CNN.com

 

(以下、元記事より翻訳)------------------------------------------------

 

二十歳のソマリ人青年は「ダダーブで暮らすのはつらい。だけどここを去るのも同じように困難だろう」と語る。

 

「ダダーブでの暮らしは檻の中のようだ。今さら母国へ帰れと言われたって、そもそも母国ってどこなんだい?」と彼は続ける。

「僕の両親は25年間ケニアで暮らしている。僕はこのキャンプで生まれ、今は大学に入りたいと思っている。でもそれは実現できそうにない。僕は外国人登録証を貰ったけど、ケニア政府は難民局を閉鎖してしまったんだから。僕の外国人登録証はもう首都ナイロビじゃ使えないんじゃないかな。僕は移動も自由にできなくなる。どうしたらいいのかわからないけど、どうすべきかはじきにわかるさ。」

 

彼の両親は土地も資産も全てを内戦で失ったという。

100ドルや1000ドル渡して人々をソマリアへ送り返し、一から生活を立て直せなど、無謀な話だ。

(著者注:自発的にソマリアへ帰還する難民に対しては、UNHCRから生活立ち上げのための支援金と生活用品が渡される。「100ドルや1000ドル」とはこの支援金のことであると推察される。)

 

青年は続ける。

「一生難民キャンプで生きなくてはならない人などいない、それはわかるよ。それは道義的に間違っている。だけど、25年も前に母国を離れている人たちにとっては、帰ると言ったって、それはもう当時とはまるっきり違う、新しい場所なんだよ。」

 

(翻訳おわり)--------------------------------------------------------------

 

いかかでしょうか。

25年も存続しているダダーブ難民キャンプには、彼のようにキャンプで生まれ、キャンプでの暮らししか知らない若者が多く存在します。

彼はおそらくキャンプの中の学校で教育を受け、勉学に励み、ケニアで大学に進むことを望んでいました。

そして彼はソマリアの土を踏んだことがありません。ソマリアは、彼にとっては全く新しい未知の世界なのです。

 

国際社会は難民キャンプでの支援だけでなく、ソマリア復興のためにも支援を続けています。支援額の規模から、日本もその主要な一員であると言えます。

ソマリア国内には未だに政府の管理が行き届かない地域もあり、復興に時間がかかることは自明です。こうした背景もあり、ケニア政府は、ソマリア政府、そしてUNHCRとの間で三者合意を結んでいます。それは、今後数年間をかけて「段階的に難民全員を母国へ自発的に帰還させる」という計画に関する合意でした。

今回のケニア政府の発表は、この合意の履行を一方的に放棄するものであり、報道にあるとおり、強制的に実行すれば国際法の違反にあたります。

迫害を受ける危険のある国家へ難民を追放または送還することは国際法上の原則に違反する行為で、あくまで帰還は自発的でなければならないのです。

 

Yahoo!ニュースのコメント欄は、ほとんどケニア政府に同情的な意見ばかりでした。

しかし、もしケニア政府の発表が強引に実行されれば、それはどういうことを意味するでしょう。

キャンプという限定された領域ではあってもケニア国内で生まれ育った多くの若者が、「ソマリア難民」とひとくくりにされて、十分な教育や雇用の機会もなく、自身が行ったことさえもない「母国」に帰れと放り出されること。

それはケニア政府に対する反感や憎悪を生み出す豊かな土壌になるでしょう。ソマリアに追い返されて職を見つけられない若者は、そんな感情を抱えてどこへ向かうのでしょう。

ケニア政府がおそれるソマリアのテロ組織アルシャバーブは、そんな若者のケニアへの反感や生活苦につけこみ、戦闘員として巧みに勧誘し、ケニアの治安はさらに脅かされるかもしれません。

 

もっとも、ケニア政府は「難民キャンプの閉鎖」を毎年のように表明するので、今回の発表も、来年に迫った選挙に向けての単純な人気取り作戦なのかもしれません。

その可能性が高そうだとは思いながらも、一面的な報道に惑わされる人が少しでも減るようにと願ってこの記事を投稿しました。

 

 

これは著者の主観ですが、難民に関する問題は政治的で複雑で、ある主体が一方的に正義を体現することはできないし、完全な悪にもなりえません。

しかし報道は事実を切り貼りして単純化したストーリーだけを提示し、複雑な現実を覆い隠してしまいます。

そのストーリーがいかにわかりやすく、美しくても、そこに真実はありません。

 

難民問題はセンセーショナルに取り沙汰されており、注目が集まるのは良いことだとは思いながらも、こうした報道のあり方には危機感を覚えます。

ひとりでも多くの人が自ら事実を手繰り寄せられるようにと願いながら、今回はここで筆を置きます。