消えゆく自然、消えゆく生活 -ケニア・マサイマラ国立保護区-
更新に間が空いてしまいました。
日本ではエジプトに関する報道が続きますが、
今回は日本人観光客にも人気のケニア・マサイマラ国立保護区に関する記事をお伝えします。
(原文:the guardian http://www.theguardian.com/travel/2013/aug/23/masai-mara-tourism-politics accessed on 24th Aug 2013)
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車両は突然停止し、サファリガイドが言った。
「あそこだ、見ろ」
エンジンを切った静寂が辺りを包む。
ガイドの指差す方向に、チーターの頭が見える。
数百メートル向こうに、別の車両がもう一台。4人の観光客の頭が見える。
と、地平線の向こうから突如白いミニバスの一群が現れた。
5分としないうちに、辺りには30台の車両が集結した。
乗客にサファリの人気者を見せてやるため、運転手達はラジオで連絡を取り合うのだ。
しかし、チーターはこんな状況で狩りをしない。
いつの間にかチーターは視界から消えていた。
ガイドによると、こういったことはここマサイマラでは毎日起きるのだという。
地球上で最も見ごたえのある自然現象のひとつが、タンザニアからここマサイマラを目指す100万頭以上のヌーの大移動だ。
しかし、ここでも喜ばしくない変化が起こりつつある。
この大移動を目撃するために毎年、何千人もの観光客が入れ替わり立ち代り飛行機でやって来る。
周辺地域に住み着く人が増え、あちこちに小屋が建てられている。
観光で得た金は、腐敗のせいでもともとマサイに住んでいる人々には届かない。
生活のために、マサイの人々が木炭生産や農業に転向する事例が増えている。
この地域の生態系の研究者は危機感を募らせている。
「何か抜本的な対策を早急に講じなければ、この保護区は遠くない未来になくなってしまう」
野生動物がここで生きていくためには、広大で多様な土地が必要だ。
しかし、保護区を囲む小屋は何キロにも及ぶ電気フェンスを設置しており、急速に拡大するスラム街も次第に電化される可能性がある。
土地に対して飼育されている牛が多すぎる。
小麦畑が拡大している。
人間が出す廃棄物は埋め立てられるか投げ捨てられる。
すでに環境に影響が出始めている。
肥料の使用のせいで川に藻が浮ている。
ヌーがタンザニアから渡ってくるマラ川は2009年に完全に枯渇した。
動物の振る舞いすら変わってきている。
観光客を乗せた車の屋根に乗るチーターもいれば、
お客からチップを貰うために屋根に乗るように仕向けるガイドに辟易しているチーターもいる。
ここ数十年の間、保護区周辺の共有地をそこの住人に割り振る政策がとられてきた。
しかし、ある男性に割り当てられた土地は長年住んできた土地とは遠く離れた不毛の地であった。
当局から交付された権利証書の彼の名前の下には、消された別の名前が半分見える。
証書には、消しゴムで消そうとして開いた穴まである。
「これは私のもともと所有していた土地じゃない。当局が改ざんしたんだ」
マサイの人々は不信により分断されつつある。
教育を受けた少数派がそうでない多数派を搾取している。
訴訟は絶えず、政治的動機付けによる未解決の殺人も多い。
武装警察による強制退去が夜間に行われる。
マサイの社会はどんどん貨幣化され、電子機器による通信が増え、車両が普及し輸入食品が流通している。
保護区の恩恵を受けられず、またそれを保全する誘因もないために、
マサイの人々は保護区を破壊してしまう。
古いアカシアの木を木炭として切り売りし、木がなくなればその土地を小麦畑にする。
小麦を育てた方が、保護区として利用するよりも3倍程度高い収入を得られるのだ。
ある日本人のビジネスマンは、保護区を管轄する当局に
約360億円で保護区周辺の住人を20キロ離れた土地に移住させる提案をしたという。
当然、それは強制移住を意味する。
マサイの土地の値段は裕福な投資家に釣り上げられてきた。
その結果、マサイの人々は土地を売ってその地を離れてしまう。
そしてまた動物もいなくなる。
ここ30年でケニアのロイタ平原から移動してくるヌーの数は9割減少し、わずか3万頭となった。
同じ期間に、野生動物の数は最大で7割減少したと言われる。
一方で、保護区内で不法に飼育される乳牛の数は11倍となった。
ゾウやサイの密猟ばかりが取り沙汰される一方で、ハイエナやライオンの数は激減している。
英国国営放送の番組にも出演するベテランのサファリガイドは言う。
「ここは野生動物の土地なんです。
私たちはそこへ侵入した。
侵入者として、私たちは引き際を知っておかなければならないのです。」
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雄大な自然とそこに生きる野生動物、人間。
一部の人間の利益のために、その共生のバランスが崩れていることは明らかです。
日本の皆さんが観光でマサイマラや他のサファリへ行こうとするとき、
こういった背景に少しでも思いを巡らせてくれれば、
それが何かのきっかけになるのかもしれません。