Meanwhile in Africa...

アフリカで今起こっていることを日本の皆様に正しくお伝えするため、海外大手ニュースサイトの記事を日本語で要約して発信します。

世界最大の難民キャンプの閉鎖 -報道されない難民の声、その帰結-

昨年の世界難民の日の更新を最後に、一年近く更新が滞っていました。

著者は今、ケニアで難民支援事業に携わっています。

 

今回は、著者の本業ど真ん中のこちらの記事について、補足情報をお届けできればと思います。

ケニア、難民キャンプの閉鎖発表 60万人が居場所失う (CNN.co.jp) - Yahoo!ニュース

 

欧州難民危機がメディアを席巻し、中東や北アフリカから命を賭して海を渡る難民の写真や映像が世界の関心をさらった昨年。

今年に入っても、「難民」はメディアを賑わすキーワードの一つであり続けているようです。

そうでなければ、ケニアのダダーブ難民キャンプが日本でYahoo!ニュースのトップページに躍り出ることなどなかったでしょう。

 

記事の通り、ケニアには現在60万人弱の難民・亡命申請者が暮らしています。

このうち35万人弱は、ソマリアとの国境寄りに位置するダダーブ難民キャンプに暮らしています。

ダダーブ難民キャンプは実際には5つのキャンプの集合体ですが、これは世界最大の難民キャンプであるとされています。

このキャンプの人口の約95%はソマリア難民です。1991年のキャンプ開設以来、内戦や干ばつを逃れて難民が流入を続け、今年で四半世紀が経ちます。

UNHCR国連難民高等弁務官事務所)の統計によると、キャンプ人口はソマリアで大干ばつが起こった時期に45万人程まで膨れ上がりましたが、現在は35万人を切り、国連機関主導のソマリア帰還支援が軌道に乗ってきたこともあり、人口は僅かずつながら減少傾向にあります。

 

今回ケニア政府によって閉鎖計画が発表されたダダーブ難民キャンプとカクマ難民キャンプでは、UNHCR主導の元、多くの支援団体が難民への支援活動を行っています。

報道内容には含まれていませんが、難民支援にかかる莫大な資金を、UNHCRや他の国連機関・NGOを通して、国際社会は既に負担しているということです。

この点で今回の報道は一面的であり、その情報不足ゆえかコメント欄は国連や援助機関への批判で溢れています。これについては個人的に意見がありますが、この記事ではそれには触れず、CNNの元記事には記載されていたのに翻訳後のYahoo!記事では割愛された、ある難民の声をお届けしたいと思います。

引用元のCNN記事はこちら:

Kenya closing all refugee camps, displacing 600,000 - CNN.com

 

(以下、元記事より翻訳)------------------------------------------------

 

二十歳のソマリ人青年は「ダダーブで暮らすのはつらい。だけどここを去るのも同じように困難だろう」と語る。

 

「ダダーブでの暮らしは檻の中のようだ。今さら母国へ帰れと言われたって、そもそも母国ってどこなんだい?」と彼は続ける。

「僕の両親は25年間ケニアで暮らしている。僕はこのキャンプで生まれ、今は大学に入りたいと思っている。でもそれは実現できそうにない。僕は外国人登録証を貰ったけど、ケニア政府は難民局を閉鎖してしまったんだから。僕の外国人登録証はもう首都ナイロビじゃ使えないんじゃないかな。僕は移動も自由にできなくなる。どうしたらいいのかわからないけど、どうすべきかはじきにわかるさ。」

 

彼の両親は土地も資産も全てを内戦で失ったという。

100ドルや1000ドル渡して人々をソマリアへ送り返し、一から生活を立て直せなど、無謀な話だ。

(著者注:自発的にソマリアへ帰還する難民に対しては、UNHCRから生活立ち上げのための支援金と生活用品が渡される。「100ドルや1000ドル」とはこの支援金のことであると推察される。)

 

青年は続ける。

「一生難民キャンプで生きなくてはならない人などいない、それはわかるよ。それは道義的に間違っている。だけど、25年も前に母国を離れている人たちにとっては、帰ると言ったって、それはもう当時とはまるっきり違う、新しい場所なんだよ。」

 

(翻訳おわり)--------------------------------------------------------------

 

いかかでしょうか。

25年も存続しているダダーブ難民キャンプには、彼のようにキャンプで生まれ、キャンプでの暮らししか知らない若者が多く存在します。

彼はおそらくキャンプの中の学校で教育を受け、勉学に励み、ケニアで大学に進むことを望んでいました。

そして彼はソマリアの土を踏んだことがありません。ソマリアは、彼にとっては全く新しい未知の世界なのです。

 

国際社会は難民キャンプでの支援だけでなく、ソマリア復興のためにも支援を続けています。支援額の規模から、日本もその主要な一員であると言えます。

ソマリア国内には未だに政府の管理が行き届かない地域もあり、復興に時間がかかることは自明です。こうした背景もあり、ケニア政府は、ソマリア政府、そしてUNHCRとの間で三者合意を結んでいます。それは、今後数年間をかけて「段階的に難民全員を母国へ自発的に帰還させる」という計画に関する合意でした。

今回のケニア政府の発表は、この合意の履行を一方的に放棄するものであり、報道にあるとおり、強制的に実行すれば国際法の違反にあたります。

迫害を受ける危険のある国家へ難民を追放または送還することは国際法上の原則に違反する行為で、あくまで帰還は自発的でなければならないのです。

 

Yahoo!ニュースのコメント欄は、ほとんどケニア政府に同情的な意見ばかりでした。

しかし、もしケニア政府の発表が強引に実行されれば、それはどういうことを意味するでしょう。

キャンプという限定された領域ではあってもケニア国内で生まれ育った多くの若者が、「ソマリア難民」とひとくくりにされて、十分な教育や雇用の機会もなく、自身が行ったことさえもない「母国」に帰れと放り出されること。

それはケニア政府に対する反感や憎悪を生み出す豊かな土壌になるでしょう。ソマリアに追い返されて職を見つけられない若者は、そんな感情を抱えてどこへ向かうのでしょう。

ケニア政府がおそれるソマリアのテロ組織アルシャバーブは、そんな若者のケニアへの反感や生活苦につけこみ、戦闘員として巧みに勧誘し、ケニアの治安はさらに脅かされるかもしれません。

 

もっとも、ケニア政府は「難民キャンプの閉鎖」を毎年のように表明するので、今回の発表も、来年に迫った選挙に向けての単純な人気取り作戦なのかもしれません。

その可能性が高そうだとは思いながらも、一面的な報道に惑わされる人が少しでも減るようにと願ってこの記事を投稿しました。

 

 

これは著者の主観ですが、難民に関する問題は政治的で複雑で、ある主体が一方的に正義を体現することはできないし、完全な悪にもなりえません。

しかし報道は事実を切り貼りして単純化したストーリーだけを提示し、複雑な現実を覆い隠してしまいます。

そのストーリーがいかにわかりやすく、美しくても、そこに真実はありません。

 

難民問題はセンセーショナルに取り沙汰されており、注目が集まるのは良いことだとは思いながらも、こうした報道のあり方には危機感を覚えます。

ひとりでも多くの人が自ら事実を手繰り寄せられるようにと願いながら、今回はここで筆を置きます。