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Meanwhile in Africa...

アフリカで今起こっていることを日本の皆様に正しくお伝えするため、海外大手ニュースサイトの記事を日本語で要約して発信します。

国家の”天命” -ケニア独立50周年-

「五十にして天命を知る」とは、孔子論語の一説。

ここから転じて、50歳(の男性)のことを「知命」と言います。

 

今日2013年12月12日、50歳の誕生日を迎えたのは、東アフリカの経済大国ケニア。

最近では、ショッピングモールでの人質事件で世界の耳目を集めたケニアですが、

事件の舞台となった首都ナイロビは、アフリカ大陸で一、二を争う大都市で、

サファリ、マサイ等を始めとした観光資源にも恵まれ、ケニアの経済は勢いを増すばかり。

 

しかしその歴史は決して平坦ではなく、

結果的にイギリスからの独立を早めるきっかけとなったと言われる武装独立運動、通称マウマウ団の乱では、1万人以上の独立運動家が命を落としました。

 

いま、知命の50歳を迎えたこの国で、人々は何を思い、どんな未来を描くのでしょうか。

(原文:The Guardian "Kenya at 50: much to celebrate - and to worry about"

 http://www.theguardian.com/global-development/poverty-matters/2013/dec/12/kenya-50-celebrate-worry-about-independence, accessed on 12 Dec 2013)

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1963年の今日、ケニアは長きにわたるゲリラ戦を経て、

当時の植民地政府の指導者たちとの断続的な交渉の末、

ついにイギリスから独立を勝ち取り、

独立運動の指導者たちは独立の英雄と讃えられました。

 

独立を勝ち取ったその後、今度は民主主義を目指した長い旅路が始まりました。

2007年の大統領選挙の際は、選挙結果に異議を唱える人々が暴徒化し、制御不可能な事態へと発展しました。

この混乱で1200人以上が命を落とし、35万人が住まいを失い、仮設住宅暮らしを余儀なくされました。

騒動から5年が経過した今もこの遺恨は消えず、和解にはまだ少し時間がかかる状態です。

 

アフリカの民として、私たちはネルソン・マンデラ故南アフリカ大統領から学ぶべきでしょう。

マンデラがしたように、和解によってこそ本当の意味で国がひとつになるのだということを、私たちも示していかねばならないのです。

 

50歳を迎えたケニアには、誇るべきものが多くあります。

まず、ケニアは多くの偉大なスポーツ選手を輩出しました。

たとえば昨年のロンドン五輪で男子800メートルの世界記録を塗り替えたデービッド・ルディシャは、誰もが記憶していることでしょう。

スポーツ選手の他にも、ノーベル賞を受賞した環境保護活動家ワンガリ・マータイはケニア出身です。

彼女は、環境を守るには全ての人がそれぞれ役割を果たさねばならないのだと教えてくれました。

その他にも、ケニアにはこの国を偉大で現代的な国へと推し進めてきた多くの作家、芸術家、服飾デザイナーや起業家がいます。

 

ここ10年の間に、ケニアのインフラ設備やホテル、技術サービスは目覚ましく発達しました。

世界中の人々が家族を伴って首都ナイロビに来てビジネスを始めました。

しかしながら、貧困はケニアの抱える大きな課題であり続けています。

富者と貧者の格差は大きく、

ナイロビに住むエリートはヘリコプターや私有ジェット機で飛び回る一方、

わずかな距離を隔てたスラム街に住む人々は、1日1度の食事にありつくのがやっとです。

 

田舎へ行けば、人々は十分な食糧を栽培するのに苦心しています。

清潔な水や基本的なサービスにも満足にアクセスできず、

飢えの恐怖は日常的に存在します。

ケニア独立50周年のお祝いは、こういった貧困に対する永続的な解決策を見つけるためのきっかけとなるべきです。

 

国民国家としてのケニアは、民族、地域主義、腐敗といったものの負の力に未だに脅かされています。

こういったものこそが、人々を貧しく、脆弱にせしめる要因なのです。

今こそ私たちは、独立運動の頃のあの精神を思い起こさねばなりません。

宗教や部族、地域になど目もくれず、皆が協力するのだという、あの精神を。

 

独立記念の色鮮やかな花火の饗宴が終わったときには、

ぜひともこの50年の節目をひとつの契機ととらえ、

1963年12月の栄光あるあの夜に皆が夢見たよりも、

もっともっと前に進むのだと、そう決意しようではありませんか。

 

私たちの夢は、統一され、ひとつにまとまった国を築くことです。

皆がお互いを兄弟姉妹のように感じ、真に共感し、手を差し伸べられる国。

そして、不利な立場にある同胞の苦しみが、皆の心配となり、その解決に励むことが皆の責務となる国。

この夢を現実にするために、私たちは今までよりもっと努力をしていかなければなりません。

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この記事の著者の夢は、統一された国家を築くことでした。

独立の年に生まれたというこの著者も、今年で知命の50歳。

その実現のために尽力することが、彼の天命なのでしょう。

 

では、ケニアの天命とは?

貧困、格差、民族主義、地域主義、腐敗。

50歳のケニアには、まだまだ課題が山積しているようです。

きっと、国家の生き様は、天命などと一筋縄にはいかないものなのでしょう。

 

けれど、

少なくとも、全ての国民がそれぞれの思い描く天命を追えるようになれば、

国家としての務めは果たしていると言えるのではないかと、筆者は思いました。